第5章

霞野仙人
チベット高原から舞い下りてきたんじゃないか。正しく天女様だ!
秋田美人より、真っ白い柔肌!なんとか話し掛けねば!男子一生の不覚!
売り子の前を行ったり来たり、胸が騒ぐのです。そこへ、背後から
・ ・お父さん、何やってるの。まだ、病気治らないか。
娘がいるのを忘れたか!バカヤロー、死んじまえ!…
妻の声が響き渡ります。
(ぐっちさんへ、私は当年58才、ソロソロ年貢を納めたいのですが)


帰国報告

タイ北部・パヤオ湖畔を基点に11日間、ふらつきまして、
只今帰宅しました。
予定のカンボジヤ行きは諸事情により断念し、予定を切り上げて
単身帰国しました。

私の予定や決心は、風が立てば木の葉が転がるのに似ています。
或いは雨が降れば軒下で止むまで待てるため「予定は、しばしば変更」に
なっても、特に負担になることはありません。
それでも、我がパスポートには
新たにミャンマーとラオスの出入国のスタンプが押されました。
ありがとうございました。

続パヤオ湖畔・私の習慣

「すみません。トイレはどちらでしょうか?」
私は、見知らぬ街に脚を一歩踏み入れると、先ずトイレを探します。
何故かを問われても「長年の習慣なので・・」としか応えようがありません。
「タイランドの最北端の地点」と表示された記念碑を横目で確認しながら
メーサイ市の入管で出国の手続きを済ませ、わずか30メートル足らずの
川に架かる50メートルあまりの橋を渡りきると、もうミャンマー領
タチレクの街です。
ミャンマー側の入管ではパスポートの写真と実物とを何度も見比べていて
なかなか入国の証印を押してくれません。
・ ・すみませんがトイレは???・・
官吏はぎょろりとした恐い顔を向けて私の質問を無視します。
白髪頭の写真とふさふさした黒髪とが納得いかないのでしょうか。
・・これは染めているのです・・
とっさに髪の毛をつまんで日本語で弁解しているのは私です。
・ ・小便ヲシタイノデス。トイレハ?
タイ語でたずねても応答がありません。
ようやくパスポートを受け取ると、一目散で裏路地へ走りました。
「お父さん!お父さん!何事があったの?」
妻のメイが追いかけてきます。そして私の用向きを認めると嘆きます。
「お父さんは、犬ころと同じなんだから、何処でも立ち小便をして」
そうです。私の前世は犬だったのでしょう。
かくして知らない街も、一瞬にして私の縄張りになるのです。

続パヤオ湖畔・私の病気

ミャンマー領タチレクは
麻薬王クンサーが支配していた(今も影響下にある?)街で、近年まで
クンサーは自ら軍隊を組織し、麻薬の撲滅を図る政府軍と銃撃戦を交える
ほどの勢力を保持していた人物だそうです。
現在、一見平穏になって、条件付きながら外国人も入境できるようになっ
たのは、「悪しきクスリ」を捨て、観光立国を選択したからでしょうか。
皮肉にも、闇の帝王クンサー将軍のお陰で「ゴールデントライアングルの街」
として売り出し、世界中から観光客が訪れつつあります。
さて、本題に入ります。と言っても、世界の「暗黒のボス」達が注目している
ように「クスリの出来高」を調査に来たわけではありません。
単に、橋があれば渡りたくなる病的な性癖のために、随行員十数人(妻の親族
や村人)を引き連れて、高いお金を負担してまで、越境を敢行したのでした。
異邦人妻の言によれば、私にはモット質の悪い病気があるのだそうです。
次回に述べますが、この病気を治すにはぐっちさんにメスを執ってもらうしか
方法がないのかも知れないなあ〜と国境を二分する橋の欄干にもたれてニタついて
おりました。

続パヤオ湖畔・私の失敗

私は知らない街を訪れるとき、事前に予備知識を脳裏に刻んで、急に備える
ほど計画的な男ではありません。
何となく衝動的な行動が多いので失敗も多く恥をかくこともしばしばです。
その代わり新鮮な感動に出会うことも多いような気がいたします。
カンボジア行きを断念したので、その費用はミャンマー領タチレクの宿泊
代に充てることにしました。我が小集団に、ホテルの予約を済ませたら、
観光案内の車を借り切って街を一周しようと告げました。
当地ではタイ語が通じますので、妻が交渉にあたります。たむろしている
観光案内人の呼び込みの男に、何やら話し合っています。案内料を値切っ
ているのでしょう。5分経ち十分も経過します。いらいらしてきます。
そこへ私のパスポートを見せろと言うのです。また、ぺちゃくちゃが続き
始めたので、私の短気性が「いいかげんにしろ!」と爆発します。
・ オコラナイ、オコラナイ。ガマンヨ、ガマンヨ!と妻が制します。
妻の通訳によれば、私の当地で許された滞在期間は、いや時間は本日限り
のもので、自由行動は5キロ以内に限定されているとか…
あ〜あ、何たることか!
・ イミグレーションでちゃんと説明を受けたでしょう、聞いてなかった
の?と妻があきれた表情をします。
ま、いいか!俺は観光旅行者じゃないや。トイレを探しに来ただけだ!!

続パヤオ湖畔・私の病気2

ミャンマー、何となくミャンマー。
これがミャンマーと感じたのは、行き交う人々の肌色でした。
真っ黒い顔。赤茶けた顔。黄色い顔。その群れの中を旅行者の
西洋人がこそこそと過ぎります。背高ノッポがなぜか小さく見えるの
です。
私たち一行は、乗用車の後部座席を取り払い荷台にしたような狭い
空間に十数人がすし詰めにされ、半径5キロの中で2時間近くも
ガタガタ道を味わうことになりました。
私はぼんやりと「ビルマの竪琴」を思い出したいのですが、油断をする
と道端へ放り出されるような不安があり、必死でしがみついています。
ようやく、恐怖から開放され繁華街をひたすら歩き始めます。
皆はそぞろ歩きで繁華街を味わいたいのでしょうが
私は立ち止まると腹の虫が爆発しそうなのです。
このようなとき、何処の国でも一度や二度、喚き散らして
喧騒ごとを起こすのです。
とぼとぼ歩きになるころ、やっと気が治まっている
のでしょう。周囲に焦点が定まるようになります。
写真をクリックすると拡大します
貧困から発展途上へ脱皮する街の繁華街は、きれいな店構えより屋台の
方が活気に満ちています。露天商の売り子さん達の顔も、何やら品評会
のように様々です。
その中の一人、あぐら座で、野菜を売る女子の後ろ姿にドキリとします。
真っ白い項に髪の毛がふわふわしており、前を覗くとあくびをしており
ましたが、釘付けにされたようなショックが全身にたぎります。
・ チベット高原から舞い下りてきたんじゃないか。正しく天女様だ!
秋田美人より、真っ白い柔肌!・
なんとか話し掛けねば!男子一生の不覚!
売り子の前を行ったり来たり、胸が騒ぐのです。
そこへ、背後から
・ ・お父さん、何やってるの。まだ、病気治らないか。
娘がいるのを忘れたか!バカヤロー、死んじまえ!…
妻の声が響き渡ります。
(ぐっちさんへ、私は当年58才、ソロソロ年貢を納めたいのですが)

続パヤオ湖畔・私の妻メイ

僭越ながら・・
私の妻・メイを紹介させていただきます。
紹介の前に、この文を読んでくださっている方々にご質問申し上げます。
@桜島大根をご存知ですか(練馬大根じゃありませんよ)
A天秤棒で水桶を運ぶ女性を想像できますか。
B蟹股歩きの女性を見たことがありますか
C相撲取りが土俵の砂をかむような、足の指先を思い浮かべられますか
D満月を見て、微笑んでいると思えますか。
以上の質問に全てyesとご回答くださった方に限り
我愛する妻・メイをご紹介申し上げました。(あれ〜ッ)
<独白>私が選んだ伴侶です。決して私が選択されたわけじゃありません。
ぐっち共和国の言葉をお借りすれば、私が買ったオナゴでごじゃります。

続パヤオ湖畔・私の娘エミ

恐る恐る・・
私の娘・エミを紹介いたします。
合掌手をして、腰をちょこんと落とし「サワデイーカー」と言えるのが
とても上手になりました。
キューピーさんの真ん丸い目に、貼り付けたような長いつけまつげが
特長です。
現在、幼稚園に通うのが楽しみのようです。
この幼稚園には、日本人国籍を持つエミのように、アメリカ、インド
中国、等々の外国籍の子女が多いようです。
時折会話に英語が混ざるのは仲間の影響なのでしょうか

今回、日本に連れ帰るのを断念したのは、タイの国籍を取得するのに
もう少し手続きの期間が必要だったのと仲間たちから引き離すのが忍び
なかったからです。
二重国籍が認められるのは二十歳までです。親の欲目で子供の一生を定
めたくないので、国籍の選択は自らの意思で決定する様育てる準備をし
ています。
親の役目としては、子供の意志が偏屈しない様、日本やタイの良さも
悪さも公平に「見せる」つもりでいます。
義務教育の年代に達するまでに、世界を一緒に巡る計画でおります。
三才半ばで、エミはすでに4カ国に足跡を残しました。
将来、子供が諸国の写真を見て何を思うかを、愉快に想像できるのですが、
父親のような偏屈した人間には育てたくないのです。
あまりにも可愛いので、誰かにもっていかれない様、
恐る恐るこの文を記しております。(何たる父親の欲目だろう)

続パヤオ湖畔・二宮金次郎的農法のすすめ

私と同じくタイ人妻を持つ友人A氏は日本で汗水たらして働き、
タイ国へ送金して貯蓄に励んでいます。
金融自由化になって喜んでいるのです。
例えば日本円1千万円をタイ国で定期にしますと、年100万円以上
の利息が見込めるからです。年100万円の収入があれば、当面10人が
何もしないで1年間生きてゆける勘定になります。
私は、1万円のお金も土地の購入に充てていますので、友人とは
価値観が違うのです。お金の利用方法では意見が合いませんが、私は
決して土地の値上がりに賭けているのではありません。
数年前購入した土地がすでに倍には値上がりしているようですが、
嬉しい現象とは思えないのです。土地は自然が与えてくれた恵みの
基本的舞台でなければなりません。
耕さねば自然を冒涜することになります。 と、偉そうなことを言いながら、私は何一つ農法を知りません。
野菜一つも作れないのです。
そこで、かすかに記憶にある二宮金次郎(尊徳)を思い浮かべて
一族を励まし続けているのです。
…皆が、お父さんに感謝してるよ。しかし、これ以上土地が増えると
耕しきれないのです。もうみんなくたくたなんです。…
今年購入した畑にはトマトやナスが100メートル200メートルと豊かに
実っていました。あらゆる種類の野菜が育ちつつありました。
夕に収穫して朝市に間に合うように売りに行きます。売り上げは皆で
分配します。
今年、降り吹き荒れた異常現象で、果樹園は全滅しておりましたが
野菜のお陰で収入源を確保できたので、皆が感謝していると妻から
報告を受けました。
この瞬間、耕作面積5万坪の目標を10万坪にすると決心して、
その旨を妻に申し渡しました。
これ以上、耕作できない…
妻が目を三角にして食って掛かってきます。私は笑って説明できました。

農法のすすめ2

…オマエハ、頭ダイジョウブカ。心ダイジョウブカ。コレ以上、
畑デキナイヨ。人手ナイヨ。何、考エテル。馬鹿モン!!…
とほほほ・・妻の日本語の先生は私です。私の口調をそっくり真似
ていますので、男言葉なのです。
私は天保の大飢饉を思い浮かべています。江戸時代が崩壊する
前兆となった百姓の困窮・一揆に明け暮れる貧農の生活を想定して
います。二宮金次郎(尊徳・*)ならどんな手を打つだろう。
かって、日本製品(日本では三種の神器)がアジア市場を独占し
たとき、不買運動が起きました。その原因はほとんど日本では報道
されなかったのではないでしょうか。
タイ国、特に北部では、その日暮らしで十分に生きていた人達が、
わずかな田畑を担保に日本製品に飛びつきました。もちろん返済能
力などありません。気がつけば全てを失い、娘たちを売らざるを得
ない状況に陥っていました。悲惨な人身売買でも成功者が量産され
て「日本神話」となり、いまだにその余韻の中に、北部はゆれてい
るように思われてなりません。
* かく言う私は、ほとんど二宮金次郎(尊徳)のことを知りません。
昔、暇つぶしに記録を読みましたが、私の印象では日本で始めて
「消滅時効の概念」を発見し実践した人ではないかと思った程度です
又、茨城県の関城町の農家で「二宮金次郎」署名入りの「農機具
の貸借」と思われるような書き付けを拝見させていただいたことがあ
ります。

…冗談ダロー、本当、オ前ノ頭、ダイジョウブカ…
妻は、私の提案を呆気に取られたまま理解してくれません。
私の計画を披露する前に、もう少し北部タイ、パヤオ湖畔界隈の
風聞を記します。
車で湖畔を一周する車窓から、あちこちに豪邸が見え隠れします。
あれは「麻薬御殿」だの「外国人の妾の館」だのと話題になります。
日本では億単位の価格と思われる屋敷が点在する裏路地には、
きまって吹けば飛ぶようなバラック建が寄り合っています。
日中、赤子のいる家以外、あばら屋からはほとんど音が聞き取れま
せん。夫婦の一方が外国に出稼ぎに行っているとかはましなほうで、
娘から仕送りが途絶えたとかの怠け者の片親や汗を流すのを嫌って
泥棒稼業に精出す者から一カク千金を夢見て世に這い上がろうと
する薬の売人達が何食わぬ顔で潜んでいるようです。
多くの人達が自給自足できる程度の田畑さへ失い、あげく無気力
に陥っているように思えてならないのです。
私の決意は、土地を増やしてそんな人達に農機具と農地を提供し、
その収穫から一割程度を利息分として受け取る案なのです。
収穫がないとき或いは利息のかわりに、直営農地の草取りや田植え
などの労働力に充てることも考えました。労働力の「貯蓄」という
方法がかって存在したかどうかは知りませんが、労働力の「貸借」
は可能なような気がするのです。
…ソレジャ、ゴマカサレルヨ。ヤルナラ、お金ヲ、取ルヨ…
・ ごまかされていいのだ・・
円・ドル・バーツ・お金がなければ何もできない?金権時代から
私は、お金のありがたさと無用さを同時に味わってみたく時代錯誤
の世界へ身を置く決心を固めたのでした。
私の天の邪鬼は、時にとても頑固になります。

58才の年齢はは1997年当時