第4章チェンマイ慕情テレサ・テン
チェンマイ慕情

北から南へ走る幾重にも連なるタイ国山脈のひとつ、パヤオから
チェンマイへ向かう山越えの途中の高原に、小屋立ての土産物屋が
軒を寄せ合っています。
カセットを売っている店があり、覗けば「鄭麗君」が目に入ります。
おおかた海賊版であろうと御託を述べながらも、気が付けば
「鄭麗君」の印字されたカセットを全部買い占めているのです。
・・いつもこうなんだから・・
パヤオ湖畔の宿の、女主人が嘆きますが、車中ではいつのまにか
「何日君再来」にあわせてハミングしています。

私は観光のための観光には興味がわきません。名所旧跡にはよほど
の目的がなければ足が向かないのです。旅行は帰れるから楽しいのだ
と、思索された先人の心境にはまだ達しておりません。
夜の歓楽街に恥?のカキ捨てをする欲望もありません。
ところが、女主人がため息を吐くのです。

・ ・あなたって、どうしてそんなに気が多いの?・・

私の気…内緒の気…
チェンマイに赴くのには二つの理由があります。
一つは、ナイトバザー街の一画に常設会場があり、食事をしながら
タイの民族舞踊を観られるからです。美女達のあでやかな舞いと
アイヌ民族の素朴な舞にはどこか共通点があるようで見飽きないの
です。
自然に対する畏怖の念と恵みへの感謝の舞だと、見とれるのです。

他の一つは、チェンマイの中央を流れる大川のほとりから一輪の花を
投じるためです。
背後にはケ麗君(テレサ・テン)が不慮の死を遂げたホテルがあります。




テレサ・テン

・ ・あなたの恋人、タイのチェンマイで死んだよ。本当よ・・
タイ国籍の友より電話を受けたのが、3年前の5月10日のことでした。。

(弁解:恋人というのは、当時、音痴の私が一日に一度はラジカセで
ケ麗君の歌をテープ聴いていたので、友が揶揄嘲弄した表現です。
このテープは、我が家に一時宿泊していた中国人(春鈴・台湾省出身)
が残した1本なのでした。ゴメンナサイ)

…さて、「何日君再来」は、
50年以上も前、戦火のさなか中国で生まれ、敵味方なく流行りだし、
日本では渡辺はま子から李香蘭が歌い継いで、50年後ケ麗君がアジアに
向けて熱唱したのでした。

残念ながら、私はこの歌を千回聴いても覚えられないのですが、メロ
デイーが流れている間は、いろいろの想世界にしたれるのです。
例えば、「ケ麗君」の君は「何日君再来」の君に由来しているのではな
いか。マザー・テレサの名よりテレサをいただいたように。
ならば、「何日君再来」に対する思い入れは、一体なんだったのか。
諸悪の根源が「貧困」であると説いたマザー・テレサのテレサに託した
秘め事は一体なんだったのか。

聞けば、「何日君再来」のモデルは、中国が共産主義(共産党・毛沢東)
と民主主義(国民党・蒋介石)に分裂する舞台で引き裂かれる男女の悲恋
物語であると。
噂によれば、テレサ・テンは休養と称して、タイ北部に難を逃れ、歴史
から消えつつある残党を訪ねては慰問していたと。
中国には、いまだに干戈の響きが精神の中でこだましているのです。

いずれ、中国が戦火の呪縛から開放されるとき、
「ケ麗君」として「何日君再来」を叫んだ女性が・・。
「テレサ・テン」として戦火の犠牲者を慰問していた女性が・・
一人二役を担った女性が漢民族の救世主になり得るのではないか。
世界平和の象徴になるのではないか

私が、タイ北部の少数民族と会ったり、山岳の部落を訪ねたりしている

とき、ふと「ケ麗君」を思い、「テレサ・テン」の面影を

探していたりします。