第2章
山岳民族
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少数民族
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山岳民族の部落へ
ヒマラヤ山脈を冠とするチベット高原には巨大な大地のエネルギーがあり、
その力はミャンマーの北部のあたりで絞られてから切れ切れの脈となって南
下し、インドシナ半島に貯えられて大海に没するかのように思われます。
その青い山脈を越えて、ラオスの国境近くの小川を山岳民族の人たちの案内
で探索?しているときのことです。
鳥の囀りも虫の音もめったに聞かず、蛇とも出会わず蚊に刺されることもな
かったので、不思議を訊ねました。
・・鳥の鳴き声がしませんね?
「食べちゃっていないのです」と通訳が笑って答えてくれます。
なお、疑問が残りなす。
・・蝉もいないのですか?
「食べ尽くしたんでしょう」
それでも素直に理解できません。
・・蛇とも出会いませんね?
「食べられるものは皆食べ尽くしたんでしょう」
案内人は冗談のような笑みを一瞬流して、後は平然としています。
私の疑問が氷解したわけではありませんが、貧困のすさまじさが脳裏に
展開し、この種の問いに、飽食に慣れきった者の無力さを感じていました。
(貧困とは、食えるものは毒まで、といった状況です。
皆さん、想像できますか??)
少数民族 2
ジープン(日本)から「バシュー」採りに来た、と噂が広まっ
てラオス国境に近いランパン県の山奥に入ることになりました。
私の理解していたバシューとは、淡水魚タナゴでなくてはな
らないのです。日本には15種類が生息していまして
そのほとんどが絶滅の危機に瀕しています。私はタナゴの孵
化を?年も前からやっていまして、当地でも孵化指導を
するつもりで勇んでいるわけです。
・ ・自然水域の汚染の広がりは、バシューの生息で定規で測
ったようにわかるから、え〜と、通詞さん。
ここんとこ、ちゃんと通訳してくださいよ。
悲しいかな、うれしいかな、山岳民族の人たちは
日本の存在を知らないのです。さらに、タナゴが二枚貝に産卵
する自然の神秘を説いても、タナゴを口にするたびに笑いが起
きるのです。通訳の口調にも勢いがありません。
どうもバシューとはザッコ(雑魚)の意味らしいのです。
<わざわざ、バシュー採りに遠くからやってきた、おかしな物
好きが・・>といった嘲笑を感じます。
それでも、一人の中年女性が網を片手に、小川の方角を促しま
した。網を淀みに差し込み、深みでは潜って魚を追います。
呼吸のたびに頭を出す様を見入っていると、女性が黒髪から
しずくを垂らしながら立ち上がり、振り返った手には、手掴み
した小魚がありました。笑みて差し出すのでした。
私はかってこんなに美しい女性の笑顔を知りません。そのとき
の打ち震えるような感動を、いまだに言葉で表現できないでい
ます
(口を聞かなければ私の人相は山岳民族の人達と同じ。以降
日本人を知らない人たちの部落へ足が勝手に向きます。
…とことんとことん、歩きます、とことんとことん、とんとんとん
…とことんとことん、探します、とことんとことん、とんとんとん
数回も訪ねて、そのたび安住の地を探し当てたような
気になっています)